LP (Tamla TS-310)
Producer: Marvin Gaye

モータウン史上初のコンセブト・アルバム本作品がなかったら、今日のスティーヴィ・ワンダーも決してあり得なかっただろう。
スティーヴィのみならず、70年代以降のソウル・シンガ一から現代のラッパーを含めて、本作品から多大なる影響を受けたミュージシャンの数は計り知れない。
67~69年と、約3年間に渡ってデュエットのパートナーを努めていたタミー・テレルが脳腫瘍のために他界(70年3月16日) した後、対人恐怖症に陥ってしまったと言われているマーヴィン・ゲイは、ミュージシャンにしてはナイーヴ過ぎたのかも知れない。
そのせいか、時には変人扱いされたり、優等生揃いのモータウン・シンガーズの中では異端者と見なされたりもしたが、それだけ自分自身を偽らなかったという証拠でもある。
だからマーヴインには偽善の匂いがしない。
タミーの死に端を発した対人恐怖症は、マーヴインを創作へと駆り立てた。
丁度この頃ヴェトナム戦争現場の悲惨さを弟から聞いた彼は、そのことをモチーフに曲を作ろうと思い立つ。
ロナルド・ベンスン(フォー・トップスのメンバー)、アルフレッド・クリーヴランド(ミラクルズの「アイ・セカンド・ザット・エモーション」の共作者)の助力を受け、そこにA(1)が誕生した。
シングル曲は同曲以外にA(6)、B(3)の合計3曲で、全てR&Bチャート No.1に輝いている。
因に、A(1)のシングル盤に収められているA(5)は全くの別ヴァージョンで、しかも素晴しい出来。
また、本アルバム収録曲は今もなおカヴァーされ続けているが(ex/ジョニー・ケンプ、ミライラ、ボビー・ウーマック、レジーナ・ベル、数多くのラッパーズ)、誰がどのようにカヴァーしようとも、原曲を越えることはない。
が、誰もがカヴァーしたいと願って止まない、それほど衝撃的な作品であることだけは事実である。
タミーの死が本アルバム誕生のきっかけを作った直接的要因だが、忘れてならないのはマーヴィンが牧師の息子だということである。
ヴェトナム戦争に向けたメッセージの他、公害問題 (A(6))、同胞への呼び掛け(A(2))、大都市に於けるブラック・ピープルの焦燥(B(3))をテーマにした曲もあるが、A(3)A(5)、B(2)の神がかった曲調/歌い方は、ゴスペルと言っても決して過言ではない(力まかせにガナるだけがゴスペルじゃないのだ)。
“Let’s GetIt On”(73年)以降”セックス・シンボルの名を欲しいままにしたマーヴィンが牧師の息子としてこの作品にある種の”聖域”を求めたことも考えられるのではないだろうか。
更に、本アルバムのリリースから2年後、A(4)をメイン・テーマに用いた一大プロジェクド”BLACKEXPO’73”が催されている。
もちろんマーヴィンも参加しており、同プロジエクトのステージでA(1)、A(2)、A(4)を披露。
その時の模様は、2枚組(73年の) “Save The Children”(Motown 800) に収められている。
これもまた、A(4)がなければ生まれ得なかったプロジェクトだろう。
とにかく、70年代初期のアメリカ社会に一石を投じた作品であることは間違いない。
▶Some More from this Artist:
①”Trouble Man” (Tamla 322)
②”Let’s Get It On” (同 329)
③”Marvin Gaye Live” (同 333)
④”I Want You” (同 342)
⑤”Greatest Hits” (同 348)
⑥”Live At The London Paradium” (同 352)
⑦”Here, My Dear” (同 364)
⑧”In Our Lifetime” (同 374)
⑨”Midnight Love”(Columbia 38197)
⑩”Dream Of A Lifetime” (同 39916)
⑪”Romantically Yours”(同 40208)
⑫”Motown Remembers Marvin Gaye” (Tamla 6172)
上記以外にも、恐らくマーヴィンのデュエットの中では日本で最も有名な73年の”Diana & Marvin”(Motown 803)もあるが、モータウン側の商魂たくましさが見え見えの上に別々に録音されたものであるため、代表作に数える必要はない。
②は”What’s Going On”の聖に対し、強烈なまでに”性”を追求した作品で、60年代のソウルフルな唱法を好む向きにはこちらが受け入れられた。
双方共に両極端なコンセプトを持つアルバムでありながら、どちらも”マーヴィン・ゲイ”というひとりのアーティストが産出した作品であるという事実に驚嘆すら覚える。
尚、両作品はモータウンの” 2 On 1”の企画CDでカップリングされた。
既知の通り、マーヴィンは不幸にも実父の手で84年に射殺されてしまう。
復活作⑨から「セクシャル・ヒーリング」(この曲で、最初で最後のグラミー賞を獲得)が大ヒットし、離婚を含む様々な問題を解決した後の再出発だっただけに、その死が今も惜しまれる。
⑩~⑫は死を代償にリリースされた未発表集だが、ファン向けの作品。
昨年、未発表曲34曲を含むCD4枚組がモータウンから出され、話題を呼んだ。
転載:U.S. Black Disk Guide©泉山真奈美

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