LP (Tamla T-326L)
Producer: Stevie Wonder

現アメリカ黒人社会と文化の一象徴ともなるステーヴィ・ワンダーを、何枚かのレコードを通して語ってしまうのは危険だが、いくらその存在自体が大きなものとなろうとも、音楽を作り出す人間としての輝きは73、4年頃がいちばんで、アルバムで言えば本作とそれに続く「ファースト・フィナーレ』ということになる。
これは多くの人の認めるところだろう。
大ヒット「ユー・アー・ザ・サンシャイン・オブ・マイ・ライフ」「迷信」を含むアルバム『トーキン・ブック』(72年)に続いて73年に発表したのがこのモンスター・アルバムだ。
自分たちが生活する場・社会から言わざる得ないこと、声を大にせざるを得ないことを、まるで湧き出るかのような音のひらめきの中で聞き手に届ける。
たとえばA(3)で歌われる“汚れた街の生活”をタフに生き抜かなければならない、といった“自分たち”の世界を地とするなら、 “自分”である彼は天に住む指折りの富豪である。
しかし“自分”を“自分たち”の代表としてその世界を伝え,訴えることがスティーヴィには出来たのだ。
まさにスティーヴィのワンダーである。
そこで歌われる、メッセージの伝達は現在のラップのそれ以上の勢いと切迫感がある、と言ってもいい。
アルバム・タイトルを直訳すれば「神経感応/神経刺激伝達」となるが、音の感触の斬新さとグルーヴ、クールな目で見つめたメッセージで、スティーヴィはタイトルに偽りなくそれをしている。
幻想的、というと正確ではないが、幻想的にも近い音と感覚のトビ具合が恐いくらいなA(1)から始まり、空虚な現在を皮肉りながら淡々と歌い綴り、それが静かなる大きな怒りとなっていくB(5)まで、どれもが独立した名品である。
ブラック・チャートで見れば、ファンクするB(1)とA(3)がそれぞれ1位。
当時のニューヨークでのサルサの盛り上がりに反応してのサルサ風味仕上げのB(4)が2位。
そしてアルバム自体もミリオン・セラーとなっている。
しかし、1曲1曲を取り出すのではなく、名曲の連続の中でスティーヴィの意志を感じ取りたいと思う。
▶Some More from this Artist :
①”Tribute To Uncle Ray” (Tamla 232)
②”The Jazz Soul Of Little Stevie” (同 233)
③”The 12-Year-Old Genius (Recorded Live) ” (同 240)
④”With A Song In My Heart” (同 250)
⑤”Stevie At The Beach” (同 255)
⑥”Up Tight” (同 268)
⑦”Down To Earth” (同 272)
⑧”I Was Made To Love Her” (同 279)
⑨”Someday At Christmas” (同 281)
⑩”For Once In My Life” (同 291)
⑪”Eivets Rednow/Alfie” (Gordy 932)
⑫”My Cherie Amour” (Tamla 296)
⑬”Live”(同 298)
⑭”Signed, Sealed And Delivered” (同 304)
⑮”Where I’m Coming From” (同 308)
⑯”Music Of My Mind” (同 314)
⑰”Talking Book” (同 319)
⑱”Fulfillingness’ First Einale” (同 332)
⑲”Songs In The Key Of Life” (同 340)
⑳”Journey Through The Secret Life” (同 371)
㉑”Hotter Than July” (同 373)
㉒”The Woman In Red” (Motown 6108)
㉓”In Square Circle” (Tamla 6134)
㉔”Characters” (Motowm 6248)
㉕”Jungle Fever” (同 6291)
リトル・スティーヴィ・ワンダーとして62年に12才でデビュ -アルバムは同じく旨目の大先輩、レイ・チャールズに捧げた①をデビュー作として、91年最新作スパイク・リー監が映画のサントラを兼ねた㉕まで、モータウンのトップ・アーティスト、つまりはアメリカ黒人社会を代表する人間として数々のアルバムを発表してきたスティーヴィ(①はスペルを逆にした変名アルバム。この他にもベスト物など多数)。
先の「インナーヴイジョンズ」に前後する⑰⑱を至上のものとしたいが、もちろん名作・名メロディは他にいくつもあり、次を挙げておきたい。
66年「アップタイト」(⑥)、70年「涙をとどけて」(⑭)、76年「イズント・シー・ラヴリー」(⑲)、80年「ハッピー・バースデイ」(㉑)(キング教師に捧げたもの)、84年「アイ・ジャスト・コールド・トゥ・セイ・アイ・ラヴ・ユー」(㉒)等々を、代表的名曲としておこう。
さて、近頃ますます寡作となっているスティーヴィ、かつての彼の音楽を支えにして育った世代がシーンの中心となる今後にどのような音で自己を表わしていくか、気にしていきたい。
㉕がその”準備作”であっただけになおさらだ。
転載:U.S. Black Disk Guide©高地明

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